~heart-of-the-door~

何度でも

ご訪問頂きありがとうございます☆

ここ最近、ご連絡を下さっているお客様に対して1日もしくは2日遅れでお返事となっておりました。
ご連絡がまだ来ない事に該当されていらっしゃる方がもしいらっしゃいましたら、
大変恐れ入りますが、最後ご連絡下さいますようお願い致します。
さて、いよいよクリスマス・大晦日が近づいてきていますが皆様、体調はいかがでしょうか。
私を含めて家族全員が風邪をひいておりました(笑)
私自身は、大した風邪でもなく、のどが痛い~(>_<) という症状だけでしたが、私の母は日を追うごとに悪化し、ついには寝込んでしまって更に悪化し、病院で点滴をするぐらいに悪化してしまうといった状態にまでいってしまいました。 これから、年末にかけて肉体に更に表れてこられる方ももしかするといらっしゃるかもしれませんので、くれぐれもご自身の体や内面のメンタルなどを過信することなく労うことを忘れないで頂きたいなと思います。 最近、私を取り巻く環境が激変しておりました。 その為家族・そして親族との介入が密になりました。 私自身、幼少期より家族はもちろん親戚との関わりについて距離感を保ちながらこれまできましたが、3年前の創造療法の出会いによって、家族との関わりに対して深く学びました。 3年たってもまだまだ学びはとても深いものだと感じながら、学びは続いております。 これまで、私はいわば偽物の平和主義者だったんだな~と最近感じることがありました。 目の前のさまざな問題について、すぐに直視することに臆病になって穏便に済むように進めていこうという性質があります。 それは、自分に責任が持てないから 確かにそうなんです。 きっとそれが理解できる方は、すんなりと様々な問題にしっかりと向き合って、自分と向き合うことをされてきたんです。 社会環境では、実はこういった方の方が断然に多かったりします。 私の以前の職場での同僚は、いつも 『決めたら、ただ進んで行くだけでしょ』 『自分のやりたいことに責任を持つ!それだけでしょ』 『行動あるのみ!行動すれば、必ず動き出す!』 『自分を信じなきゃ、誰が信じてくれるのさ』 と言っております。 沢山挫折もしていたりしますが、本当に、自分の思いに忠実です。 でもなかなか問題について直視できない方もいます。 私がそうですね。 すぐにすんなりと直視できずに、随分と時間がかかってしまいます。 責任が持てないからかもしれません。 すぐに逃げてしまいたくなる弱さもあります。 でも、途中で気が付いたことがあります。 ただ自分で自分が弱いという勘違いや思い込みをしているのかもしれない。 だから、自分なんてダメだ。と勝手につなげてしまうかもしれない。 強いも弱いもないのかもしれない。 そうすると、責任がとれないということは弱いという理由にならない。 という事は責任をもってやっていくことに、勝手に抱いた恐れなんてものは最初から存在しない。 恐れを解消すれば、簡単な事だったんだ。 これまでスピリチュアルで沢山の素晴らしいワーカーさんが、いろいろとブログでヒントを与えて下さっているのですが、自分にとってやはり腑に落ちないとなかなか学びとならないと思います。 ズバリ、私が良い例だと思います。 自分の思い込みに気が付かない限り、腑に落ちない限り、学んだという感覚になりません。 先日も、なかなか直視できないことがありました。 私は小さい頃からの防衛反応で、人々がもめ事をしていると、きまって私は楽しい人になったり笑いをとろうとしたり、全くそんなもめ事を知らないかのようにふるまうところがあります。 そうやってふるまうことで、自分に襲い掛かってくる暴力から自分を守ってきた経験があるからです。 でも、今回は違っていました。 私はまだ、学びについては数多くを学んでいませんが、この3年の間に少しずつ自分と向き合うことで変わったのだと思います。 今回起こった人々のもめ事を、悪いこととして捉えなくなっていました。 真剣に向き合っていくことで、きっと最善のことが起きる そうやって漠然と感じていました。 もめ事の渦中にいた二人のうちの一人は、私の母です。 母は、人とのもめ事について、私と同じで恐怖に感じ、穏便にふるまう事をしてきました。 自己犠牲の精神を知らず知らずのうちに養い過ぎてしまっていました。 そんな母とじっくり時間をかけて話合いました。 母と話しながら、私は母と約束をしました。 もう、逃げるのはやめよう。 相手の話を、相手の思いをただただ理解することに徹しよう。 そして自分の思いをちゃんと届けよう。 私の母はもめ事を穏便に進めようとするあまり、私の母は最後まで人の話がきけないという性質をもっているのです。 その後渦中にいた二人を含めて親戚達としばらく何時間も話し合いました。 一番恐怖を抱いていたのは私の母です。 手は震えながら、声も震え、顔は固まっていました。 おびえながらだったけど、徐々にお互いが自分の思いを誤解を解くことができました。 私自身も、初めて親戚達と深く関わって私自身の思いを言う事ができました。 話し合いながら、母に言っていたあの約束を思い出しました。 あぁ、あれは母に約束しながら、実は私自身にしていた約束だったんだ、と。 自分の中に存在している様々な部分を今回、一つ理解できたと思います。 目の前の出来事から目をそらさない勇気は、大変なパワーがいりますよね。 目の前から目をそらすという事がなく向き合っている方は、きっとそのことについて学びきっているのかもしれないし、自分自身ではなく、相手を通して学ぶという方法を課題としているのかもしれません。 人はそれぞれ、学びの課題がその時その時に完全なタイミングとして訪れます。 もし、物事に対して直視したとしても、物事から後回しに一旦したとしても、それが良いわけでもなく悪いわけではありません。 単純に良い悪いというここではなく、必ず理由が存在しているだけです。 良い悪いといった、単純な事ではないのだと思います。 その理由と向き合うことは大きなヒントがあるのだと私は思います。 そして後回しにすることは、自分自身を否定する事でもありません。 後回しにしたことで、自己否定してしまうことで、さらなる思い込みを作りあげてしまいます。 思い込みが更なる思い込みを生み出し、気が付けば解き方がわからないほどに絡まり合った紐のようになります。 私達は、その幾重にも絡まり合った紐を、今度は一つ一つ解いていくという事をしているのだと思います。 一つ一つ紐解いていくことが学びであり、本来の自分に出会う道のりだと私は思います。 だから、物事に対して何度でも何度でも向き合っていこうという決断。 何度でも、向き合っていけば必ず絡まった紐はいつしか一つ、また一つ緩んでそしてほどけてゆくのだと思います。 何度でも向き合いながら、そして自分を労いながら、進んでいきましょう! と、一番自分に言っております今日この頃です(笑) 最後までお読みいただきありがとうございます☆

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