~heart-of-the-door~

安定

皆様、おはようございます☆

今朝は、豪雨ではなくとても静かな雨の朝を迎えています。

最近、活字をひたすら追いかけたくなって(笑)本を読んでいます。
私は30歳まで、ほとんど本を読むことがありませんでした。
ですから、本を2行読んだだけですぐに眠ってしまうくらい、本とは無縁な人生でした。
でも、30歳になった時に、圧倒的に日本語の語力が少ないとことを痛感した出来事に出遭って、
『無知こそ恥だ(>_<)』 と思ってから、とにかく最初は簡単なエッセイから読み始めました。 未だに、読むスピードは遅いし、読んでもすぐに忘れてしまいます。 それでも、気が付けば本が大好きになりました。 昨日、電車の中で読んでいた本の中の一文に、こんな文章がありました。 人は生まれる前と死んだ後しか安定はない。 生きている限り不安定なのだ。 そこで、ハッとしました。 私は、ひたすら安定を追い求めていた人生だったと。 小さい頃、家庭環境から小学校2年生の時に、 『この家から出ていく方法』 それだけを探していました。 そしてその小学校2年生の時に、将来の職業を決めました。 中学校になると、その職業につくための学校を探しました。 でも、勉強の成績は本当にどうしようもないくらいのバカでした(笑) それでも、何とか学校を探そうと思いました。 当時、私の母はどうしても専門学校に行くことを拒否しており、短期大学に行くことだけを許可していました。 中学3年生の時に、自分の職業につける短期大学は関西では1校だけでした。専門学校は沢山あったのに、短大は1校。 でも、その職業が私をこの家から出られる方法だと思っていたので、その短大に行ける方法を探して、 高校を選択したのです。 高校は、県の中でも最下位からすぐの学校でした。 それでも何でもよかったのです。評定平均値を稼ぐためにその高校に入りました。 そして短大。 試験を受けて奇跡的に合格。 そして、入学して、国家試験にも合格しその職業につきました。 でも、、、 結局その仕事は長く続きませんでした。 そこまでして頑張ったのに(笑) 自分の顕在意識ではひたすら国家試験さえあれば生きていけると小学生の頃から信じていました。 でも、潜在意識では安定など、この世にはないということを知っていたのかもしれません。 そしてそれをなんとなく自分自身もわかっていたのかもしれませんね。 むしろ、安定していないことは新たな自分の可能性を見出していけることになります。 昨日、改めて自分自身が安定にしがみついている自分がいたことを発見しました。 何をもって安定と言えるのかも分かりません。 生活さえできていれば安定なのか。 私の中では違うのですね。 自分の存在価値がその生活になければ安定としてとらえていないのです。 本当にわがままな自分ですね(笑) この世は自分の思考を作れば作るほどに、作り上げた未来が出来上がっていますし、やればやった分だけいい意味でも悪い意味でもそっくりそのまま返ってきます。 この世の仕組みはいたって単純なのに、難しく捉えたがる人間。 それ自体が対極的ですね。 安定したいと願えば願うほどに、安定したいという思いの真理は不安定に対する恐れでしかないのです。 不安定という事に恐れを抱いている限り、自分で自分の首を絞めてしまうのですよね。 わかってはいるんだけど~ なんて言葉をよく耳にします。 勿論、私もその言葉を言っていた人間の一人でした。 安定したら何がどういいのか? 何をもって安定と言えるのか。 そもそも自分の中ではそれ自体が曖昧なものなのだと気が付きました。 そうやって気が付くと手放している自分に変化していることに気が付きました☆ 何だか楽になりました☆ 一つ一つ自分の手放せていないものに気付く作業は、何でもないところから広がります。 皆様にもきっと何か手放せないものがあるのだと思います。 だって、それだけ毎日いろいろな出来事がありいろいろ考える生き物ですから(*´ω`*) でも、その捉われを外せるのも自分自身なのですね☆ それでは今日も一日心に太陽を☆ 素敵な週末になりますように♪

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