~heart-of-the-door~

ごあいさつ

2012年より本格的にスピリチュアルの世界を学んでいます、TAKAKOと申します。
どうぞよろしくお願いします。
2014年5月より『Heart of the door』として活動させて頂いております。
日々学ばせて頂いている機会に恵まれていることに心から感謝しております。

wings-of-angel主催 魔女の学び舎オーラセラピスト修了
wings-of-angel主催 魔女の学び舎リーディングコース修了
wings-of-angel主催 スピリチュアルティーチング修了
wings-of-angel主催 スピリチュアルカウンセラー修了
wings-of-angel公式 ドラゴンフォレストヒーリング習得
wings-of-angel公式 エーマヒーリング習得
wings-of-angel公式 巫女覚醒
wings-of-angel公式 神官覚醒
wings-of-angel公式 巫女覚醒トレーナートレーニング修了
wings-of-angel公式 エーマヒーリングトレーナートレーニング修了

リーブスインスティチュート 新サイキックサージャリ―
リーブスインスティテュート 新サイキックプロテクション
リーブスインスティテュート カリスマシャーマン覚醒
リーブスインスティチュート 陰陽師覚醒 大地のワーク
リーブスインスティテュート 天文道

リーブルサイキックプロテクション
リーブルマニフェステーションヒーリング
リーブル気功鍼
リーブルオーロラ鍼

人は様々な体験をしたりすることで学びを得ます。
ですが、トラウマなどでいつしか愛の領域である心を閉ざしてしまうことがあります。

日々学びを頂きながら、皆様の心に寄り添ったワークができますよう、日々精進してまいります。

どうぞ、よろしくお願い致します。

*安定したセッションをお受け頂くため、また自己管理のために定期的にリーブス公認スーパーバイザーよりスーパーヴィジョンを受けております。

アメブロ→http://profile.ameba.jp/tukuyominoko/

~私について~

物心がついた時に初めて衝撃を受けた感覚が

『しまった!この家に来る予定じゃなかった!!!』です(笑)

後々知ることになりますが、それもすべて自分が選んできたのですよね。

小さい頃は、よくありがちなサイキックな子供でした。
自宅の周辺が自然に囲まれていたので、しょっちゅう山に行って植物たちに話しかけている。
一見するととっても変わった子供でした。

生まれた時はとても元気に生まれたのに、よく言われるサイレントベイビーでした。
よく言う親のネグレクトによるサイレントベイビーというわけではなく、ちょっと変わった赤ちゃんだったと思います。

というのは、全く泣かなかったんです。
ミルクも飲まず、母が起こそうとしても起きない(笑)
飲もうとしても、すぐに寝てしまう。
全く泣かなかったので、手はかからなかったといいますが、ミルクを飲ませなければいけないため、起こすのに手がかかったと母はいまだに言っています。

そんなためか、日に日に栄養不足になり、生まれてすぐに体調を崩したり、病院にかかったりと物心がついても尚、病弱な子供でした。
小学生になってから毎日のように鼻血が止まらなかったり、体のあちこちに腫瘍が出てきたり、肺に影が映ったりすぐに倒れたりしていました。毎日が様々な症状の表れでしたので、母は睡眠不足だったと思います。
病院に行っても原因がわからなくてそのまま帰宅するのを繰り返していたそうです。
そのためか、母はいつしか私に過保護になってしまいました。
我ながら良く生きていたもんだと思うことがよくあります。

小さい頃はサイキック能力が開花していたためか、自宅にお侍さんや髪を結った着物の女性をよく目にしていました。
よくある、自宅に霊道があったためです。
母方の遠い親戚が、霊能者だったこともあってか、家族や親類も目に見えない存在を疑いもしない、むしろ信心深い家庭に育ちました。
父方の親類は全くの逆で、目に見えない世界を否定しているという人たちでした。

父は勤務先では社交的で友人が沢山いますが、自宅ではDVでした。
そのためか、母は私達子供にスパルタになり、私が学校で友達とけんかして帰ってくると、
母の教育が悪いとされ、母が暴力を受けるという状況になるため、
私はいつしか悲しくても涙が出てこない、感情が表れてこない、
世間から見ると、異常なまでな冷静沈着な子供であり、必要性を感じた時に笑ったり社交的な冗談を言ったりすることができるような子供に成長していました。
そんな人格を作り上げることで、父が手を上げずに過ごすことができる唯一の方法でした。
自分自身はそれが当たり前と思っていましたが、その頃からその人の本来持つ性質をエネルギー的に理解していました。

父の暴力は止まらず、そのたびに祖母は土下座をし、母は暴力を無言で受け、祖父は無言で過ごし、
私と姉は誰にも見つからないように家具の隅に隠れる。
そんな毎日を過ごしているため、祖母は狭心症になり母は落ち込み、祖父は更に無言になる。
私達子供は父に敬語で話さなければならず、板間の部屋では正座し背中には猫背防止のための裁縫用の長い物差しがつけられた時間を過ごさねばなりませんでした。

そんな頃、毎日リアルな悪夢を見たり、翌日の出来事を夢であらかじめ見たりするようになりました。
家庭環境が大変だったため、現実逃避なのかとも思いましたが、夢の続きを見ることも容易で、夢では殺される夢ばかりを見ている中で、
学校の友人たちの翌日の行動を夢で見て、翌日実際にその通りの行動を見る。という本当に不思議な毎日を過ごしていました。
今現在よりも寝不足な毎日です(笑)

私が9歳になったころ、漠然と

『このままではこの家族のうちの誰かが死ぬだろう』

と思い、離婚を促し、そして両親は離婚しました。
ようやく静かな自宅での生活が訪れました。

ですが、抑圧していた思いが私の反抗期を誘発してしまうことになりました。
誰とも話すことも嫌になり、眠る時間までは自宅に帰らず友人の家におり、寝る時間になると帰宅するという毎日を過ごしていました。

私は小学校2年の頃から、『この家を出ていくにはどうすればよいか』ということに対して必死に考え続けていました。
9歳の頃にようやく離婚が成立しましたが、当時の世の中は、離婚した家庭の子供は就職ができない。
という状況の社会でした。

私はまた必死に考える日々を送り、どんな社会といえども国家資格を取れば差別は受けないと判断し、
11歳の時に20歳までの必要な学校への道のりを準備し、その通りに進めるようにだけを考えるようになりました。

家族と向き合うこともなく、19歳の頃に実家を離れ15年が経ちました。

年を取るにつれてサイキック能力は閉じ、生きるためだけ考えていましたが、
人間関係は苦しい状態でした。
私は中学、高校、そして社会人になってもいじめられる毎日をすごしていましたので、
人間について、どうしてこれほど攻撃を受けてしまうのか理解できなくてもがき苦しんでいました。
病気も相変わらずいろんな症状が続く毎日の中で、何度も何度も命を絶とうと思い、実行してもなかなか死ねない。
そんな毎日を過ごしていました。

そんな頃、また、漠然と

『覚醒したい』

と思うようになりました。
でも、当時20代の荒れ狂う人間関係の真っただ中で、何をどうすればよいのかわからない毎日をすごしていました。

30代に入ってから、スピリチュアルってなんだ??
という興味がわいて、スピリチュアルの道が細いながらもできてきました。

そんな頃、出会ったのがwings-of-angelのkanakoさんです。
ようやく覚醒することについて、腑に落ちる考え方にたどり着きました。
そこからがようやく

家族や人間関係、自分自身

という大きな私の課題と向き合う道のりができだしました。
一つ一つ学んでいくうちに、人間関係で全く悩みが表れてこなくなったり、
家族と会話をしていくことができるようになったりしました。

そして、閉ざし切った自分の感情にもようやく解放していく作業をやりだしました。

人生は、何1つ無駄なことなど何もない。

今になって、その深い意味がようやく理解できています。
でも、まだまだ向き合うことは山ほどありますが、これから1つ1つ向き合っていこうと思っています。

私にお手伝いできる方法があるのではないかなと思い、毎日試行錯誤や考えたりすることがいっぱいな充実した生活を送らせて頂いています。

リーブスインスティテュート主宰の仲さんやwings-of-angelのkanakoさん、そして仲間や家族、そして私とご縁を下さった皆様に心から感謝申し上げます。

皆さま、どうぞよろしくお願い致します。

~heart-of-the-door~
TAKAKO

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